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和歌山県文化振興知事表彰 徳川頼貞侯命名 紀州焼葵窯 二代 寒川 栖豊 作 菊唐草紋 染付色絵 馬上盃 馬上杯 #425

和歌山県文化振興知事表彰 徳川頼貞侯命名 紀州焼葵窯 二代 寒川 栖豊 作 菊唐草紋 染付色絵 馬上盃 馬上杯 #425

通常価格 ¥41,000 JPY
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本品は、和歌山県白浜町の紀州焼葵窯で作陶する二代寒川栖豊(さむかわ せいほう、1946-)氏による「菊唐草紋 馬上盃」です。共箱には「菊唐草紋 馬上盃」の箱書と「紀州焼葵窯 二代 栖豊 造」の署名、朱印が記されています。葵窯の由来と作家の歩みを記した栞も添えられています。高い脚の上に深い杯部をのせた器形で、口径約11cmの大ぶりな杯です。当店では、古酒を注いで香りと色を楽しむ和の洋酒器としてご提案いたします。

紀州焼葵窯は、初代寒川栖豊氏が開いた窯です。葵窯の公式記録によれば、初代は1899年(明治32年)に大阪で生まれ、まもなく京都に移りました。1919年(大正8年)に帝展審査員を務めた澤田宗山氏に師事し、1927年(昭和2年)には師の推挙で愛知県窯業研究所長に就いています。1932年(昭和7年)に和歌山県伊都郡高野山小田原に窯を築きました。

1937年(昭和12年)、紀州徳川家第16代当主である徳川頼貞侯から、紀州焼の復興を託されて「紀州焼葵窯」の窯名を賜りました。栞によれば、それは「偕楽園」「瑞芝」「男山」など由緒ある紀州諸窯の復興を願ってのことでした。

初代はその後、紀州の特産である那智黒石に着目し、1956年(昭和31年)に本焼による那智黒釉を完成させています。この那智黒釉は、栞では「かせ薬」の黒と表現されています。1962年には天皇皇后両陛下に抹茶茶碗を献上し、1967年に白浜町堅田へ移って登窯を築きました。1970年には文化庁から文化財功労者として表彰されています。1972年には日本橋三越本店で個展を開き、同年に和歌山県文化奨励賞を受け、白浜町無形文化財第1号に指定されました。1975年、77歳で瑞宝双光章を受け、同年に没しています。

二代寒川栖豊氏は、1946年(昭和21年)に和歌山県高野口町で生まれました。1965年に19歳で父である初代に師事し、1976年に二代栖豊を襲名しています。1995年には登窯を白浜町堅田から同町才野へ移築し、翌1996年に新天地で初窯を焚きました。2011年に和歌山県文化振興知事表彰、2012年に白浜町文化功労町長表彰を受けています。和歌山県・和歌山市・田辺市の各美術展覧会では審査員を務めています。

栞によれば、二代は「此の道より我を生かす道なし」の言葉通りに葵窯の伝統を受け継いできました。紀州独特の陶土による焼〆のほか、「紅汐」「青磁」「柿天目」「窯変」などを創成し、各お家元から嘱目されてきたと記されています。初代から受け継いだ那智黒釉は、今日も葵窯の代名詞として最もよく知られています。二代の那智黒茶碗には、裏千家十五代鵬雲斎宗匠の書付を伴う作例も確認されています。

本品は那智黒釉ではなく、染付に赤と緑の上絵を重ねた染付色絵の作です。廃窯となった紀州の諸窯の再現・復興に力を尽くすという、葵窯のもう一つの側面を示す作品といえます。

杯部の外側は、上下に分けて文様が配されています。口縁下には呉須で描いた渦巻状の唐草の帯がめぐり、その下の主文様帯には箱書の通り菊唐草が展開します。赤の上絵で放射状に花弁を描き、中心に渦を巻く菊花が要所に置かれています。その間を染付の蔓が伸びやかに巡り、赤と緑の小さな葉や蕾が散らされています。杯部の下方は、赤の枠線で区画した窓の中に、染付の小文様を描いています。

内側の口縁にも、染付の渦文の帯に赤と緑の点を配した文様帯がめぐります。見込み中央には、染付で「長」の一字が書かれています。

脚部には、赤の上絵で尖った花弁状の文様が上下二段に重ねて描かれ、その内側に呉須の細線が施されています。上下は緑の帯で締められ、裾広がりの台の部分には再び染付の唐草と赤の線がめぐっています。全体に用いられた呉須は細かく粒立つような発色で、筆の運びがそのまま残されています。上絵の赤と緑は艶やかに盛り上がり、手描きならではの温かみを感じさせます。

脚の内側は中空で釉が掛かり、楕円形の印が捺されています。脚の畳付は無釉で、素地にはわずかに橙色の焼き色が見られます。

制作時期は、共箱と栞を手掛かりに推定しています。共箱に「二代 栖豊」と記されていることから、制作は二代を襲名した1976年以降です。また、栞に記された窯の所在地は「白浜町堅田」、電話番号は「42-1093」で、現在の才野の所在地・番号とは異なります。登窯が堅田から才野へ移築されたのは1995年、新天地での初窯は1996年です。以上から、本品は1976年頃から1996年頃にかけての作と考えられます。ただし、栞が移転後もしばらく使われた可能性もあるため、あくまで推定です。

紀州焼 葵窯

初代栖豊は 土と取り組むこと五十有余年 昭和十二年 旧紀州藩主 徳川頼貞候から 由緒 深い「偕楽園」「瑞芝」「男山」などの 紀州諸窯復興のおぼしめしを以って「紀州焼 葵窯」の窯名を賜り、以来刻苦精励の末、紀 州の特産「那智黒石」に着目し、本焼による 「かせ薬」の黒を完成し、各お家元に認めら れ今日に至っております。

二代栖豊として「此の道 より我を生かす道なし」の 言葉通り 葵窯の伝統を受 け継ぎ、紀州の独特の陶 土にて他の国産とは異なる 「焼〆」の作品を制作する ほか「紅汐」「青磁」「柿 天目」・窯変などを制成し、各お家元より 矚目されひたすら精進をつづけております。

紀州焼葵窯々元 南枝庵(二代)寒川栖豊 (司朗)

  • 作者: 寒川 栖豊(二代、さむかわ せいほう、1946-)
  • 作者の代表的な活動歴: [1965年] 初代寒川栖豊(父)に師事、[1976年] 二代栖豊を襲名、[1995年] 登窯を白浜町堅田から同町才野へ移築、[1996年] 新天地にて初窯、[2011年] 和歌山県文化振興知事表彰、[2012年] 白浜町文化功労町長表彰、[現在] 和歌山県・和歌山市・田辺市各美術展覧会審査員
  • 作品収蔵実績: 公的機関の収蔵記録は確認できておりません
  • 制作年代: 1976年頃~1996年頃(共箱の「二代」署名および栞の窯所在地による推定)
  • 商品状態: 非常に良い(欠けなし、割れなし)
  • 付属品: 専用共箱、栞 あり
  • 材質: 陶磁器(染付・色絵)
  • 寸法: 高さ 約 10.3 cm、口径 約 11.0 cm
  • 注意: 当店が提供する商品は新品未使用であっても生産時期が大変古いものであり、すべて中古品として掲載しています。商品には経年によるダメージがある場合がありますので、ご理解及びご確認の上で購入をご検討ください。

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