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日本芸術院賞受賞 日本芸術院会員 神奈川焼 三代 井上 良斎 作 窯変 小瓶 ウォータードロッパー 酒瓶 #481

日本芸術院賞受賞 日本芸術院会員 神奈川焼 三代 井上 良斎 作 窯変 小瓶 ウォータードロッパー 酒瓶 #481

通常価格 ¥26,000 JPY
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三代 井上良斎(いのうえ りょうさい、1888-1971、本名 井上良太郎)氏は、大正から昭和にかけて横浜で「神奈川焼」を制作した陶芸家です。日本芸術院会員、日展顧問を務めました。初代良斎氏は幕末に尾張瀬戸から江戸へ出て浅草に窯を開き、高浮彫による輸出陶磁器「隅田焼」を制作しました。二代良斎氏は釉下彩の優品で知られ、1900年のパリ万博で金賞牌を受賞しています。三代良斎氏は1888年に東京浅草で二代の長男として生まれました。1905年に作陶に従事して家業を継ぎ、近代陶芸の先駆者である板谷波山氏に師事して長年研鑽を積みました。

1914年、氏は輸出に便利な横浜へ移り、高島町に窯を構えました。関東大震災で被災した後は、永田(現・横浜市南区永田東)に新たな登り窯を築いています。氏はこの永田の工房で、亡くなるまでの半世紀近く作陶を続けました。この登り窯と工房跡は横浜市内に残る唯一の登り窯で、2023年に横浜市の歴史的建造物に登録されています。

作家としては、板谷波山氏らが1927年に結成した関東の陶芸家団体「東陶会」に設立当初から参加しました。1928年に帝展に初入選し、翌年からは三越本店で個展を約20回開いています。1943年には文展無鑑査となりました。戦後は日展を中心に活躍し、1953年に第1回横浜文化賞を受賞するとともに、日展審査員を5回務めています。1959年には「丸紋平皿」で日本芸術院賞を受賞し、1966年に日展理事、日本芸術院会員となりました。1967年には勲三等瑞宝章を受章しています。作品は横浜美術館、神奈川県立歴史博物館などに収蔵されています。

氏の作風について、東京文化財研究所の『日本美術年鑑』は、青磁・白磁・緑釉の壺や皿などで独自の発色を示し、温厚な人柄そのままの気品の高い風格ある作調で愛好家に親しまれたと記しています。神奈川県立歴史博物館の学芸員による研究でも、特徴が次のように指摘されています。装飾は釉や彫りで控えめに施し、文様は簡略化したものを好み、釉の色調や形そのものを生かす造形を主としたという点です。同館が調査した作品群の過半数は、釉や線のみで装飾した無文の作品でした。また氏は、緑釉、青磁、白磁、辰砂釉、結晶釉、独自に調合した釉など、多種の釉薬を使い分けたことが確認されています。古陶の研究を重ねつつ、器形や釉薬の実験に生涯取り組んだ、横浜を代表する陶工です。

本作は、共箱の蓋表に「窯変 小瓶」と記された小瓶です。文様や絵付けは施されておらず、器の表情はすべて焼成による釉の窯変から生まれています。黒褐色から焦茶色の釉には細かな褐色の斑点が密に現れ、ざらつきのある粒状の質感を見せています。肩から首にかけては釉が厚く溜まって艶が強く、光の角度によって金属的な光沢が浮かびます。胴には縦方向のゆるやかな窪みがあり、そこに溜まった釉が濃い帯となって景色をつくっています。胴の下部は施釉せずに赤褐色の素地を見せており、白い長石粒を含む粗い土肌が上部の黒褐色の釉と鮮やかな対比をなします。その色合いは、秋の和栗の実を思わせます。肩の張った端正な小瓶形で、短い首の口縁はわずかに外へ開き、胴にはろくろ目が残ります。底部には刻印が押されています。加飾に頼らず、釉の変化と土の対比、形そのもので見せる本作には、学芸員の研究が指摘する氏の作風の中核がはっきりと表れています。

付属の栞には、肩書として「日展審査員」が掲げられ、経歴が昭和31年(1956年)の日展審査員まで記載されています。1958年の日展評議員就任、1959年の日本芸術院賞、1966年の日本芸術院会員の記載はありません。また、晩年の共箱に見られる「日本芸術院会員」の印も本作の箱にはありません。これらのことから、本作は1956年から1958年頃に制作されたものと考えられます。日展審査員として活躍し、日本芸術院賞の受賞を目前にした時期の作品です。

本作は直径約7センチ、高さ約11センチの、手のひらに収まる大きさです。当店では、古酒ウイスキーに添えるチェイサーの水を注ぐウォータードロッパーや、少量の酒を入れる酒瓶として提案いたします。日本の近代陶芸史に名を残す作家の作品を、日々の一杯に寄り添う道具として手元でお楽しみいただけます。

  • 作者:三代 井上良斎(いのうえ りょうさい、1888-1971)、本名: 井上 良太郎
  • 作者の代表的な活動歴:[1888年] 東京浅草に二代井上良斎の長男として生まれる、[1905年] 作陶に従事し家業を継いで三代目となる、板谷波山氏に師事、[1914年] 横浜高島町に移窯、[1923年以降] 関東大震災で被災後、永田(現・横浜市南区永田東)に登り窯を築く、[1927年] 東陶会の設立に参加、[1928年] 第9回帝展に初入選、[1929年] 三越本店で個展(以後約20回)、[1943年] 文展無鑑査、[1951年] 日展依嘱、[1953年] 第1回横浜文化賞を受賞、日展審査員(以後5回歴任)、[1958年] 日展評議員、[1959年] 日本芸術院賞を受賞(丸紋平皿)、[1966年] 日展理事、日本芸術院会員、[1967年] 勲三等瑞宝章を受章、現代工芸美術家協会副会長、[1968年] 神奈川県工芸会会長、[1971年] 2月6日逝去(82歳)、[2023年] 永田の登り窯と工房跡が横浜市歴史的建造物に登録
  • 作品収蔵実績:横浜美術館、神奈川県立歴史博物館、神奈川県庁、他
  • 制作年代:1956年〜1958年 頃(推定)
  • 商品状態:目立つ欠け・割れはありません。底部の無釉部に、土の表面の細かな亀裂状の筋が見られます(画像参照)
  • 付属品:共箱(蓋表「窯変 小瓶」、署名・朱印)、包布、栞(経歴入り)
  • 材質:陶器(神奈川焼)
  • 寸法:直径 約7.0cm、高さ 約11.0cm
  • 注意:当店が提供する商品は新品未使用であっても生産時期が大変古いものであり、すべて中古品として掲載しています。商品には経年によるダメージがある場合がありますので、ご理解及びご確認の上で購入をご検討ください。

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